ほんとうのこと

以下の文章は昨年(2021年)の秋口に、友人たちと行っているクローズドな交換日記に寄せたものだが、久しぶりに読み返してみると、乱暴ながら悪くないと思えたので、一部の表現を現状に即して改めた上で公開する。


ほんとうのことはどこにあるんだろう?

ペダンチックでインテリ好みのあの劇団はパワハラが横行している。しゃれた空間で進歩的な映画を上映してくれるミニシアターの経営者はサイコパスだ。Twitterフェミニズムの精神をとうとうとつぶやくあのアカウントは今日も、その映画館で上映されたアジアのどっかで作られた映画の半券をツイートしている。普段は威勢良く政権の人権軽視を批判しているあの劇作家は身内の不祥事にはだんまりだ。

こんなのは戯画化した見方だとわかっている。劇作家のあいだでもハラスメントは絶対に許さないと改めて意思表示はあっただろう。二度とその劇団の公演を見ず、また当該の映画館に行かなければそれで誠実というわけでもないだろう。

でもこういうことが起こるとうんざりする。その程度の覚悟なら最初から何も言わない方がまだマシなんじゃないの、と思ってしまう。そんなに自分が正しいだけの人間じゃないなら、その正しくなさも含めて、ちゃんと言ってくれよ。それがほんとうのことじゃないか。


両親をラベリングしようとすれば、「マイルドヤンキー」「B層」みたいなレッテルを貼れると思う。実家には、俺の部屋にあるものを除いては、書籍は芸能人(たとえば菜々緒とか)の写真集しかなかった。父は車で湘南乃風の「純恋歌」を流しながら「やっぱこういうのがいいと思うんだよね」と言っていた。母はシャネルのロゴを額縁に入れてリビングに飾っている。マジで趣味が合わん。

そういう家で生まれながら、Spotifyの「2021年まとめ」を見るとトップアーティストが「フィッシュマンズ」な俺が育った。投票なんか一度も行ったことのない両親から政治学科に進学してしまう俺が育った。

俺は親のセンスや生き方が恥ずかしいものだとまったく思っていない(うけるな、とは思っているけど)。いや、特に高校に入って以降、周りの生徒のご両親と話すとなんて文化的なんだ、なんて知性的なんだ、と思わされて引け目を感じるようなこともあったけど、でもそれはある一面からの引け目で、良い大学を出て空調の効いた職場でホワイトカラーの仕事をし、健康で文化的な生活を送っている人たちより、大学どころか高校も怪しいけど、穴掘って水道管を工事したり夜の仕事をしたりしてでも子どもを曲がりなりにも三人育てて、とりあえず一人は大学までやっているうちの親の方が立派じゃないか、と思うときもある。だって父親が体を使って水道管をつながない限り水も飲めないしトイレも流れないんだぜ。

理知的で、穏やかで、政治に誇りを持って参加している、善良な人々の言葉はしかし、俺の親には届かない。Twitterで延々とディベートをしている人たちの視野に、水道管をつなげている人は入っていますか? そこで理想論を語っていれば、中卒のキャバ嬢にも内面化されると思いますか? その素晴らしい、論理的な言説は、でも、絶対に俺の親には届かないし、そして彼らの考え方を変えることもないんだよ。そんな言葉のどこがほんとうなんだよ。


両親は、特に父は、俺に勉強をしろとたくさん言って、そしてお金をたくさん使ってきた。なぜ勉強をさせたかというと、良い大学を出て、良い会社に入ってほしかったからだ。そうして、自分たちのような世界とは縁の無い生活を送ってほしかったからだ。炎天下に空調服を着て工具をいじる必要もなく、くだらないおっさんの話を適当に受け流しつつ酒を注文させる必要のない生活を。俺の生物学上の父親がわりと賢かったこともあって、そしてやはり教育に投資を惜しまなかったので、それは一旦(「良い大学に入る」くらいまでは)成功した。その結果見えた世界は、マイルドヤンキーのことなんか意にも介さない人たちが耳障りの良いことを言っている。大卒しか取らないで肌の色が違うだの宗教が違うだので多様性とか誇らしげに言っているんだから呆れる。そうしないよりずっとマシかもしれないけれど、その多様性はずいぶん狭いんですね、と思わざるを得ない。

全然、何も信じられない。きれいごとを言う「リベラル」も、きれいごとすら言えない「リアリスト」も。そのどちらかだったら前者の方がマシだと思っているから、自分はそういう政治的な態度を概ね取っているけど、でもここはひどい世界だよ。ほんとうのことはどこにあるんだよ。


みすず書房人文書院をありがたがって、書店の目立つところに平積みになっているビジネス書を馬鹿にするような感覚は、間違っていると思いつつたしかに自分にもある。『花束みたいな恋をした』で菅田将暉が『メモの魔力』を手に取ったシーンは哀れだったよ。でもうちの親なんかビジネス書すら読まないんだよ。池上彰中田敦彦の「わかりやすい」解説はたしかに罪深いね。でもそれがなかったらなにひとつわからない、という人がいるんだよ。それがあるおかげで「なんか中東でよく揉めてるのは、イギリスがもともとの原因らしい」くらいの認識が持てるんだよ。紋切り型の単純化された認識をするくらいなら何もわからなくてもいい?

母が、唐突に「宇宙ってめちゃくちゃすごいんだよ」と言ってきたことがあった。なんでも、あるモデルのポッドキャストを寝る前に聞いていたら、たまたま国立天文台の縣先生がゲストで、宇宙の話がテーマだったらしい。俺はそれを聞いていないから判らないけど、たぶん科学的な正確性、厳密性を多少犠牲にした、「わかりやすい」話だったんだと思う。母はそれまで宇宙のことなんか何にも興味がなかったのに、それを聞いていたら「宇宙、すご!」となったらしい。

それってとてもいいことじゃないだろうか。人が人として生きる喜びのひとつじゃないだろうか。アカデミアの用語で言えば「アウトリーチ」そのものではないか。池上彰中田敦彦を否定する人は、母に宇宙のすごさを、父親にどうして中東で戦争が絶えないのかを、両親が理解できる言葉で、彼らの代わりに教えてくれるのだろうか。そうじゃないなら、象牙の塔に引きこもって、学問の必要性が理解されない、とか、ポスドクの待遇がどうたらとか、いつまでも愚痴っていればいいと思う。「わかる人にだけわかればいい」という態度では、本当にわかる人にしかわからないのだから、理解されないのは当たり前じゃないだろうか。

もちろん、アウトリーチは重要だと認識していて、それでも池上彰中田敦彦)のあの解説は、いくらわかりやすさのためでもこうこうこういう理由でいただけない、というまっとうな批判も多いのだとは思うけど、「わかりやすさのための単純化」すべてが批判されているように思われるときがある。簡単にわかるようなもんじゃないんだよ? そうかもしれませんね。でも人間、わからないもの、目に入りすらしないものの必要性はなかなか認められませんよ。


俺は見たことないけど、かつて日本の「中流階級」の家庭には、開きもしない百科事典や世界文学全集が書棚に飾られていたという。

かつて教養がありがたいもの、尊ばれるものとして世間に流通できていたのは、戦前の知性がついに太平洋戦争を止めることができなかった、という反省のもとに、それを必死に大衆の手に届けようとした、戦後民主主義的な価値観と、それに基づく行動によるのではないだろうか。

それがいま異なる様相を呈しているのは、「一億総中流」を幻想としてすら信じられないほど、経済的に豊かでなくなってきたことも大きいのだろうけども、大衆が国の経済を支えて生み出した「余暇」の恩恵に与っておきながら、口では法の下の平等を謳いつつ、実際には大衆のことを蔑視し、または蔑視すらなくて単に省みず、自分が内面化した規範と異なる主張をする政治家が人気を博せば「ポピュリスト」などと呼んで憚らないインテリが招いた事態なのではないか、と感じてしまう。

いまの日本の「知性」は、戦争を止めることができるのだろうか? もし日本が「戦争のできる国」になることを、国民が止めることができるなら、それは現在の知性による主張が広く納得されるからではなく、戦後民主主義の価値観の残滓がなせる業じゃないだろうか。


ほんとうのことはどこにあるんだろう?

少なくとも、Twitterの亜インテリが空調の効いた部屋から送る賢しらなツイートにはない。

父親が水道管をつなげて得た金でローンを返済しているヴェルファイアのなかで純恋歌が良いと言ったこと、母親が子どもを寝かしつけた後にひとりポッドキャストを聞いて宇宙がすごいと思ったこと、そういうことがほんとうじゃないか。

小池百合子の当選をかまびすしく非難する「リベラル」の届かない言葉より、実際に投票所に足を運んで小池百合子の名前を多くの人に書かせた力がほんとうじゃないか。

それらの「ほんとう」が受け入れがたいと思うなら、そう思う人も同じくらい「ほんとう」にならなきゃだめじゃないだろうか。Twitterで愚痴を言うことはほんとうじゃない。俺は両親が投票に行こうと思えるように話をしなきゃいけない。どうして俺が投票に行った方がいいと思うのかちゃんと伝えないといけない。池上彰の解説でどこが微妙なのか、わかるように話せないといけない。維新に投票した人たちは馬鹿だ、吉村はポピュリストだとレッテルを貼って処理するのではなく、なぜ投票したのか声を聞かなきゃいけない。理想を以て他人を批判するなら、「仲間」であってもその理想に反することをしたときには、それをきちんと批判しなければいけない。

「ほんとう」は、「正しい」ではない。どのような思想にも、それなりの正しさはあるだろう。自分が正しいと思っていることを、地位や見栄とは関係なく言うこと、そして実際にそれを実現するための、現実の行為だけが、ほんとうのことなのではないかと思っている。

近況(2022-07-13)

これを読む人のほとんどは、わざわざ近況を文章に認めなくても、自分がいまどういう状況にあるのか知っていると思うけれども、文章のリハビリとして書く。

就職して三月弱が経つ。なぜかわからないが、めっきり文章が書けなくなった。質はともかくとして、以前は書こうと思えばいくらでも書けたのだが、ちかごろはうまく文章がまとまらない。でも一番書けなかったのは先月くらいで、最近少し復調してきたかなと思う。だからこれを書いている。

職場では校閲に配属された。勤め先は、書籍の編集者になる場合、そのまえに校閲で修行をするしきたりになっている。期間はばらばらで、たとえば他社で編集の経験を積んでいる中途の人だったら一ヶ月のこともある。自分のように新卒で入ったとか、あるいは関係ない業種出身の場合は数カ月。とりあえず次の三月いっぱいまでは校閲をすることになる予定。

わりとTwitterなどでは何もかも気だるいみたいな、斜に構えた素振りを見せているのだが、実のところ仕事熱心なほうだと自覚している。もちろん遅刻するとか就業時間中に眠ってしまうとかそんなことは当たり前にあって、普通そういう人のことは仕事熱心とは呼ばないのだと思うが、それはそれとして仕事に対して決して後ろ向きではない。ものにもよるけれど。

そもそもそんなに斜に構えてもいなくて、高校は勉強も部活も学校行事もみんなで熱心にやりましょうみたいな校風だったし、大学でも学園祭の運営をやっていたくらいで、どちらも斜に構えた人間が選ぶような場所ではないと思う。そのなかでは斜に構えた方だったには違いないが。

などと書きつつも、相変わらず就職してもうまく生活リズムをつくることができない。在宅勤務をしていて昼間眠っていた分を夜更けに取り返したりしている。思えばこれまでもずっとそうで、気が重いとかあるいは体調が悪いとかでできなかったことを調子の良いときに巻き取って辻褄を合わせる(合わせられないこともある)、という手法にばかり頼ってきていた。

辻褄が合わないと大変だし、合わせられたとしても徹夜でカバーしていたせいで昼間また眠いみたいな悪循環に陥りがちで、そのやり方に限界があるということはとうに認識しているものの、なかなか毎日一定のペースでみたいなことができない。最終的に気合いでなんとかするから今日は寝かせてくれと思う。

会社に行くとさすがに眠ることもなく、仕事もある程度集中して——とはいえ一時間半に一回は煙草を吸いに席を外しているが——できるのだが、よく知らぬ人間が大量にいるというだけで気が張って疲れるので、毎日会社に行くとほかのことがなにもできなくなる。掃除とか。配属されてから二週間くらい毎日出社していたのだが、それはもう見事に仕事しかできなかった。疫病以前は勤め先も当然、みな毎日出社していたらしいが、それでは耐えられなかったかもしれない。

いまは原則として在宅勤務が推奨されており、ただ出社が拒まれているわけではなく、自分は新人なので(そしてどうしても印刷された物体と離れることができない職種なので)、週に二回は出社を求められている。そこにプラス一回くらいがちょうどいいバランスなのかもしれない。

そんなことを考える一方で、おれは一体何をやっているんだろう? という気持ちにもなる。たとえば業務に関連する本を自腹で購入して勉強することも厭うほうではないが、それって資本主義にとって、と云って大きすぎれば、会社にとってより重要な歯車になるべく努力しているようなもので、結局歯車には変わりなく、そんなことのために生まれてきたのか、と感じる場合もある。

とはいえ、自分に大したことができないのであれば、資本主義にある程度適合し、自分の生活が(労働者としては)良いものになれば、まずはそれで十分じゃないかとも思うのだが、その考え方自体が実に資本家にとって都合の良い考え方であるに違いなく、なおさら厭気が差す。


先日高校のクラス会があり、随分と懐かしい顔も見えて、久闊を叙する形になったのだが、そこであるクラスメートに「いま働いてるんだっけ?」と尋ねたら「そう信金で」と答えた。

ああそうなんだ、と返したら彼女は、「私仕事に対しては何も求めてないからさ。生活の手段っていうか。仕事は仕事で、自分のやりたいことは他のところでやろうって」と矢継ぎ早に述べた。

別に何も云っていないのに……と思いつつ、その言葉がとても印象に残った。「そういう考え方もありだよね」みたいなぼんやりした言葉を返した覚えがあるが、実のところ自分はそういう考え方はできない。ふつうの職場なら週に五日、八時間程度も時間を使うというのに好きでもなんでもないことをして割り切れはしない。彼女にはそれが割り切れるのだろうし、そして自分のやりたいことを空いた時間にやる要領の良さも実際にあると思うので、そういう点で尊敬はしているけれど。

また一方で、クラスメートにバイク好きが高じていまはヤマハ発動機だかでエンジンの設計をしているという人もあり、そちらは素直にかっこよく、羨ましいと思った。そういうことを考えると、自分にとっては仕事が好きであるに越したことはなく、またできるようになればより好きでいられると思うので、仮に資本家にとって好都合であるにしても、自分にとっても(幻想かもしれないが)好都合なのでやはり頑張ろうと思ってしまうのがまた、難しいところなのだが。でも、別にそんなに頑張ってないから大丈夫だった。

ゆっくりと死んでいく

このまえも書いたことだが、会社でやることがなく暇なので、最近はいくらか余裕が出てきている。本を読み、文章を書けるようになった。いつでも、その渦中にあるときはそれについての文章は書けない、と思う。そこから抜け出すために書くことはできるかもしれないけれど。

余裕というか、退屈しているのかもしれない。新しい環境に放り込まれて、まったく付き合ったことのない人と話し、いろいろなしきたりを覚えなければならない状況から少し解放された。そういう状況は疲れるけれど、充実しているといえば充実している。

だからいまの生活が楽しくないわけではないが、一方で最近はずっと、ゆっくりと死んでいくような感覚がある。それはたぶん、経済の状況がいよいよ悪化しつつあることが一番大きな原因だと思う。ここ二十年ほど日本の経済はずっと停滞し続けてきたが、それが本当に目に見えるようになってきたように感じられる。そしてそれを打開できそうな要素はなにひとつ思い浮かばない。

給与明細を見れば社会保険料が、喫茶店でコーヒーを六〇杯飲めるくらい引かれていておののく。中堅出版社の初任給なんて高が知れているのに。セブンイレブンで弁当を買おうとしたら、軒並み五、六百円で、以前からこんな価格帯だっただろうか。そんな値段で買ってもコンビニの弁当なんて虚しい食事だ。煙草をすぱすぱと吸っているくらいだから、それが払えないわけじゃないけれど、すべてがそのような調子で値上がりしていて、一方で給料はそのようには上がってはいかない。そういうことのひとつひとつに疲弊させられる。

高校や大学時代の友人たちもおおむね、そんなに余裕があるようには見えない。もちろん、もらっている人はもらっているが、その分長時間働いているだけということが多い気がする。あるいは、特殊な専門性を要求される職業に就いているか。そんな人は一握りで、それなりの大学から立派な会社に入った人たちがこうした生活水準ならば、そうでない人はどのように暮らしているというのだろうか。もっとも富の集まる都市に暮らしていてこれなら、そうでない土地はどうなっているのか。ふつうの人がふつうに暮らし、ふつうに結婚し、ふつうに子供を産み育てられる社会——我々がそのようにして産み育てられた社会——はどこへ行ってしまったのだろうか。

そんなに余裕がなくても、いまは楽しく暮らすことはできる。図書館で本を借り、コンビニでコーヒーを買い、公園に行ってベンチで読んだりすればいい。帰りには銭湯でも行けばよい。それで十分楽しい休日だろうと思うが、それはかつての豊かさの残滓を利用しているだけで、このような世情が続いてなお、図書館や公園といったインフラを維持し続けられるとは思えない。屋外のベンチで読書なんてしていられるほど暢気な社会であり続けられるとも限らない。

このように書き記してみても、経済を上向かせる方策など思いつきもせず、またそれを実行することもできない。誰にもできないのではないか。国の富全体が縮小していくなかで、自分がいまより豊かな暮らしをしようとすれば、誰かの富を奪うことしかできない。本来は富が拡大していくはずなのにそうでないから。そしてまた、自分の生活がさらに豊かになるために必要な最低限の基盤、それなりの治安や安定した物価、安全なインフラ、そうしたものすらもう危うい。そんな社会は疲れる。疲れて、ゆっくりと死んでいく。

繁栄のこの夜を熱き涙もて思い出す日の来たるかならず(林和清)

実録・市ヶ谷の釣り堀

総武線市ヶ谷駅のホームから、釣り堀が見える。外濠の一角を区切った形の釣り堀だ。東京にいくらか住んだ人はみな認知していて、気になっていると思う。私もそうだった。

会社で、人事の人と新卒の同期と雑談しているとき、その釣り堀の話になった。知っていて、気になるけど行ったことのない場所として。いま、私は四月に入社した会社において、配属志望を表明してから、実際に配属が発表されるまでの、謎のモラトリアムとなっている。私だけでなく同期は今みなやることがない。

そういうわけで、人事の人を含め、懇親がてら(というほど立派でもなく、もはやただの暇つぶしとして)市ヶ谷の釣り堀に行く運びになった。こんな呑気な会社でいいのか、とは思う。もちろん、ほかの社内の人には公言できない。「配属されたら大変だから、まあ今のうちに」と人事は言っていた。

いろいろこなして、みなで市ヶ谷に揃ったのは午後4時くらいだっただろうか。もちろん勤務時間中である。鯉釣りは1時間で1000円。簡単な竿と餌がもらえる。

私は釣りをまったくやったことがなかったので、一応釣り堀にきたことがあるという同期・Nくんに教えを請いながら釣った。なかなか引っかからないがこんなものか、と思いつつ、走っていく電車が外濠の水面に映るのを眺める。

同期のYさんが早速釣り上げて、その人はとても真面目で器用なのだが、何をやらせても上手らしい。他の人はわりと苦戦していた。

そんなところに、釣り堀の主のような中年男性がやってきて、お兄さん方苦戦してるね、などと話しかけてきた。「餌が固すぎるんだよ」

「餌が固い。ウキがピクピクしているでしょう。これは魚が餌に反応はしているということ。餌をまわりで突っついてる。でも、固くて食べられないって魚は言ってるんだよ」

そう言うと主は、やおら手を釣り堀の水につけて、餌をこねくり回した。もともと配られた餌は非常にぽろぽろとして、力を入れて固めないと水中で釣り針からこぼれ落ちてしまう。

そこを、水気を含ませて練るようにすることで、魚が食べられる柔らかさと、形を保持する粘性をつける方針らしい。人事の社員の餌皿を使って、主は瞬く間に餌を形成していく。

そして竿を人事に持たせて、ウキの位置や竿を引き上げるタイミングを指導する。そうすると瞬く間に釣れる。すごい。

同期のNくんにも同じことをする。彼の場合はすぐには引っかからず、餌を持って行かれてしまう。しかしそれでいいのだと言う。「魚に、ここに柔らかい餌が落ちてくるぞ、ということを覚え込ませれば、またそこに集まってくるから大丈夫」らしい。やがてNくんも大物を釣り上げた。

私もそれを見て、手を思い切り釣り堀に入れて餌を混ぜ合わせると、「水を入れる必要はない。手に水をつけるだけ」との指導をいただいた。少し水気を含みすぎてしまった私の餌を、主は自分の餌と混ぜ合わせ、良い塩梅になったそれを私の皿に戻してくれた。この柔らかさを覚えておけばどこの釣り堀でも釣れるよ、と言う。

そして餌の付け方。餌を固める、そしてその塊の真ん中に針がくるように刺す。涙型になるように形を整える。そして静かに水中に垂らす。竿は、テンションがかからないようできるだけ低く持つ。魚はそのテンションに違和感を感じて食いついてこないそうだ。

「釣り堀なんてこれだけの話。釣る時間が20秒30秒短くなるかもしれないけど、この手間(餌を練る手間)を惜しまなければもう嫌になるほど釣れる」「飴玉とマシュマロ。どちらが食べるのに時間かかりますか。マシュマロを入れたら魚はすぐに食いついてくる。飴玉だと溶けるのを待ってこぼれ落ちるのを食べる戦略になる」「釣りなんて小学校の算数より簡単。小学校で足し算引き算掛け算割り算とかいろいろ覚えなきゃいけない。でも釣りはこれ(餌の練り方)だけ」「これだけのことをあなたできませんか、って話」主は次々と箴言を残していく。

私は、餌は良くなったのだろうがうまく竿を引き上げるタイミングが掴めない。ウキがぴくっとなったところに思い切り竿を引き上げれば良いのだが、「遅い」と何度か言われる。「でも魚の反応が来てるということは大丈夫。じきに釣れる」と励まされる。

今だ、と思って引き上げる。かかった気がするが、竿を持って行かれそうになって思わず立ち上がると、魚が離れてしまった。「座った状態から立ち上がるとき、人間は一瞬竿を緩ませる。そこで魚が逃げていってしまう。だから立つなら立つ、座るなら座るでやったほうがいいよ」

私がこのようなアドバイスを受けている間にも、指導なしでも釣り上げていたYさんなど、もはやひっきりなしに釣果を挙げる。私も一匹くらいは釣りたい。

気づけば主は釣り堀の反対側に陣取った自分のポジションに戻っていた。引き際の良い。普通、中年男性にやり方をアドバイスされるなんて、気持ちの良い体験にならないことも多いが、今回の主は軽妙な語り口と確かな技術だったのでそこまで不快さがなかった。若い女性に話しかけようという下心もなさそうで、より多くの人に釣りを楽しんでもらうための伝道師という感じがした。

私は餌を固めるのだけがどんどん素早くなって、それがうまいこと魚に(針にかからずに)餌だけ取られてしまうので、気づけば残り少なくなってしまった。同僚のKさんは釣り針を取られたと言ってギブアップ。後から聞けば、生きた魚が苦手なので、針がなくなったとき安心したらしい。もはや、引が切らないYさんと私だけが釣りを真剣にしている。

餌が残り2回分くらいかな、というところでウキに明確な反応があった。かかった。Mさん(私の名前)、ここで決めてください、と人事の上司が言う。私は思い切り竿を引き上げる。釣れた。嬉しい。主に向かって、釣れましたよ、と顔を向けると主は自分の釣りに夢中だった。

私は満足して、灰皿の近くで一服する。Yさんは、ほかのひとの余った餌を使ってまだ格闘を続けている。私が一本吸い終わろうとしたら、Yさんがちょうどもう一匹釣りあげて、終了となった。

ここまで充実したコンテンツが1時間で1000円。平日の真っ昼間から往来する電車やホームの背広たちを眺めつつする釣りは格別で、ぜひまた来ようと思った。

主は、釣り堀のなかにいる鯉にも詳しく、あちらのエリアには昔7kgのボスがいたとかいう。私も釣りの経験を積み、仕事の昼休みだけ釣りを楽しむような、呑気な常連になりたい。ちなみに主は、冒頭の写真に写っている巨漢である。いったい、何で暮らしているのかわからない。

ボヘーム・シガー・モヒート

近所のコンビニに行ったらボヘーム・シガー・モヒートが置いてあった。煙草屋にもあまり置いていない銘柄なのに。懐かしく思って買った。

大学二、三年のとき、キャンパスの近くに住んでいる友人の家を何人かで溜まり場としていた。家主のほかに四人よく来ていて、よくその五人でひたすら無為な時間を過ごしていた。

そのうち四人が喫煙者で、みなおおむねJTのトラディショナルな銘柄を吸っていたが、ときどき夏目坂の煙草屋で物珍しい煙草を買ってきてはみんなで廻しのみしていた。

なかでも仕入れ頻度が高かったのがボヘーム・シガー・モヒートだった。KT&Gという韓国のメーカーがつくっている銘柄で、日本で言うとメビウス・オプション・パープルのような味付きのメンソール煙草なのだが、それと違ってメンソールがきつくなくて美味しい。

それを買ったあと、大学の後輩と落ち合って、それは単に不要になった本を渡す約束だったのだが、向こうからも誕生日プレゼントとして穂村弘の『シンジケート』(サイン付き)をくれた。

後輩と別れた後、買った煙草を吸いながらそれを読んでいると、いつまで「これ」なんだろうという感覚が襲ってきて恐ろしかった。いま二十四だが、二十歳のときも穂村弘を読んでボヘーム・シガー・モヒートを吸っていた。そして部屋ではフィッシュマンズがかかっている。音楽の趣味も変わっていない。

年齢にふさわしいとかふさわしくないとか、馬鹿らしいと思っているものの、三十になっても「これ」だったらどうだろうか。結構厳しい、と思ってしまう自分がいる。でもたぶん三十になっても「これ」なんだろうな。下手に社会に迎合するくらいなら、宮仕えで多少揉まれてもなお「これ」であってほしい、という気持ちもあるけれど。五十でも「これ」だったらもはやかっこいいと思う。

ポケモンGOの思い出

ポケモンGOをプレイしたことはないのだが、かなり印象的な思い出がある。

高三の夏、放課後にクラスメートと二人で学校近くの公園に行った。ベンチで文化祭の準備について話し込んでいた。たぶんそれだけじゃなくて、いろいろな話をしたと思う。

日が暮れたくらいの時間から、続々とスマホを片手に持った人が集まり始めて、あちこちで立ちすくんで何かやっていた。とても奇妙だった。

二人で「あれなんなんだろうね」と言っていたのだがポケモンGOのリリース日で、彼らはそのプレイヤーだったのだ。俺も相手もそのときはまだその存在すら知らなかった。それから高校でもじわじわと流行っていったのだが。

もう六年が経とうとしている。いまではまれに電車などでポケモンGOをやっている人を見るとまだやっているんだと懐かしい気分になるが、それくらいの歳月が流れたわけだ。ポケモンGOどころかついこないだのピクミンブルームも話題に上らない。

その日公園で何時間も話していたら、中学の塾以来の付き合いで、それまでまったく意識したことはなかったのに突然相手のことを好きになってしまい、そんなこともあるんだなと思った。公園の奇妙な光景によってなんらかのホルモンでも出たのかもしれない。

その人とは互いに大学に入ってから一瞬付き合ったがすぐ振られた。「ポケモンGO リリース日」と検索するとその人のことを好きになった日がわかるのがなんだか変だ。2016年7月22日。


さっきある人のブログを読んでいたら、その時期の記事にポケモンGOのくだりがあって、それで思い出してこんなことを書いた。

文章(深夜の暇つぶしとして)

僕はあと二週間程度で週に五日、七時間ずつ(八時間でないのは雇用者の良心と言えるかもしれない)働く代わりに毎月二十数万円程度の金銭を得るという契約を結ぶことになる、実際にはそれは既に結ばれていて、僕がPDF形式の内定承諾書に電子署名をした時点で始期付解約権留保付労働契約を結んだことになるので、その始期が訪れるというのがより正確な表現だが、それによって労働を余儀なくされる。

もちろん僕には契約自由の原則があって、それを締結するだけでなく破棄することも可能だが、そもそも(消極的であるにせよ、それこそ契約自由の原則によって)自らの意志でその契約を結ぶに至る一連の通過儀礼を経験したわけであり、契約を結ばずに今の状況を維持していても状況が改善するとは思えず、実際にここ五年ほどで自分を取り巻く状況は改善するどころか、可能であると思われた経路に足を踏み入れてはそれが閉ざされていることを確認するという手順を繰り返しただけで、自分が取れる手段はそう多くないという認識を経て、ようやくこの道に到達したわけだが、午前三時半に、眠気を感じないわけではないが現実に眠ることとの果てしない距離を感じているような人間にはおそらくその道も閉ざされているに違いない。

幸いにして、労働条件通知書には「フレックスタイム制コアタイムなし」と書かれてはいるものの、労働時間について「八時から二十一時まで」という制約が加えられており、かといってその範囲ならば好きな時間に仕事を始めてよいわけでもない、そのすぐ下には「通例:十時〜十八時」と慎ましく、かつ注意深く記されており、その通例が本当に単なる一般的な事例に過ぎなければ良いが、そうではなく(開始時刻については)遵守すべき項目であることは言うまでもない。

睡眠に対して、生まれてこの方困難を覚えているが、実際には睡眠そのものは僕を苦しめず、起きていればやがて眠くなり、自然と眠りに落ち、しかるべき時間熟睡することができる。つまり自分を苦しめるのは睡眠ではなく、適切に睡眠を取りつつ毎日決められた時間に行動することで、だから生まれてこの方というのは噓で、幼稚園に入って以来というのが正しいが、自由なやり方であれば睡眠とうまく付き合っていくことができるのに、それを制限して睡眠を管理せねばならないというのがたまらなく苦痛で、しかし自分が雇用主ならば多少ぼんくらであっても夜はすぐ眠りにつけて朝はすっきりと目覚めることができ、毎朝九時には律儀にオフィスで業務を開始している労働者を採用したいのだし、世の中にはどちらかといえば優秀で、かつ毎朝律儀さを見せることのできる労働者がいるので、彼らを圧倒的に上回る才能を発揮するならまだしも——それであっても同等の才能を持ちそのうえ毎朝律儀さを上司に見せることのできる人間がいくらでもいるわけだが——まかり間違ってもそうではないので、どうにか睡眠を管理していく必要があり、そしてその試みはことごとく失敗してきた。

睡眠の管理は自分にとって最も憂うべき事柄の一つだが、仮にその問題が解決したとしても、ここは依然として愚にもつかない場所であり、たとえば僕はチョコボールの「キャラメル」が好きだが、それはかつてコンビニで七十四円で買え、いまでは八十四円であり、自分が初めて買ったとき四百五十円だったセブンスターは六百円になり、僕が物心ついた頃はたしか二百円台だったと思うが、賃金は大して上昇していないのに(場合によっては下落しているのに)人生に絶望しなくて済むための手段にかかる費用は上昇し続けており、最近では複数人でアルコールを飲むことで一時的に現実から逃れるための会合も、感染症の流行を踏まえて良識ある人々の間では制限され、また良識があろうとなかろうと、種類提供は午後八時までという愚かな規則が適用されている店が大半で、そうでなくともアルコールとニコチンを同時に楽しめる店は大幅に減少していて、ここはどのような世界なんだと思う。

入学時にそれなりの選抜を課す高校と大学に在籍していたため、周囲には一流企業に勤める者も多く、彼・彼女たちは一流企業に就職するに留まらず、就職するやいなや証券会社の口座を開設してNISAだかiDeCoだかくだらない名前のついた資産運用の取り組みを始めるという如才なさを見せているものの、毎朝律儀に出勤することのできる彼らであっても、その賢さを鑑みれば、自分は老後の資産を形成するために生まれてきたのかという疑問を抱いているはずで、持ち前の要領の良さでその疑問を上手く放棄しながら出勤し、誰も幸福にすることのないが、人々に老後の安心という実体のないもの——いくら金があっても安心できる老後などない——をもたらす金融商品を開発したり、とってつけたような緑地やアートスペースを設けることで、消費者にややましな休日を送っているという幻想を抱かせることを目論んだ商業施設を企画したりして、世界をさらに愚にもつかないものにするべく必死に働いているのだろうが、それはやがて我慢できないものとなり別の道を模索してあえなく失敗し、なけなしの退職金や形成した資産をふいにして失意のうちに死ぬか、あるいは我慢し続けることに成功したものの「これはなんだったのか」という疑問が浮かぶのを必死で覆い隠しつつ、形成した資産を特別養護老人ホームで切り崩しながら死ぬのだろう。

このような文章を書く割に楽観的なので、何かしらまともな道が残されているのではないかという希望を未だ失っていないが、それも若さゆえに可能なことであり、あと二十年もすればその希望はほとんど完膚なきまでに損なわれているだろう。四十四歳の人間には来るべき将来などなく、ただおおむね定まってしまった人生をせいぜいこれより悪くならないように必死で維持しようとするものの、避けることのできない身体の衰えによって否応なく悪くなっていくという過程を大方の人が経験しているに違いない。もしかすると子供を持つことによって、その成長を生きる望みとして、あるいは義務として、かろうじて命をつなげているのかもしれないが、子供の人生はどこまでも子供の人生であり、実際のところ自分の人生、特にその意義とはほとんど関係がないのだし、子供からすれば人生の目的が自分である親を見ながら育つのは暗澹たる経験である。それよりも自分の人生を追究した結果離婚する親の方が随分見ていて愉快だと思うが、その過程で財産を失ったり犯罪に走ったりすると、結局は子供の人生も不快なものとなる。どの道彼もやがて四十四歳になり、同じ立場に置かれるのだが。

一体どこに救いがあるというのだろうか? 僕は世の中に多くのことを求めすぎているのだろうか? 二十一世紀の先進国に生まれただけ、自分の幸運に感謝せねばならないのだろうか? なるほどその考え方は一理あるかもしれないが、そんなものはこの苦境をいささかも改善せず、なぜならこの苦しみは二十一世紀の先進国に生まれたがゆえに生じているものだからで、しかし十六世紀のフランスであれば別の苦しみがあっただろうし、それよりは僕はいささか高次の段階で苦しんでいるのかもしれないけれど、二十五世紀のラオスであってもまた別の苦しみがあるのだろうし、それは想像がつかないが、どのような時期にどのような場所で生まれても苦しみからは逃れ得ないのだろう。

人生で最もましだった時期が大学時代だった、という結論に至る可能性は七割よりは高いと評価していて、これはかなり楽観的なもので、実際には九割より高い。残りの一割弱に、二十代後半から三十代前半だった、という可能性が残されている。それであれば、僕はいま人生で最も輝かしい時間の終わりを目の当たりにしているのであって、こうした文章を書いてしまうのも仕方のないことだろう。新聞配達のバイクが、朝が到来しつつあることを告げている。眠れない夜は困難であっても豊かだが、眠れない朝は困難であるだけでなく悲劇である。