2022-11-11

高校のクラスメート六人で集まって新宿で飲み、そのまま自分の家で二次会をする運びになった。

僕が通っていた高校はクラス替えがなかったので、我々は十六の頃から知り合いということになる。来年には二十五になるのだから、十年目だね、というような話をした。このようにして十年が過ぎるのであれば、人生は一瞬だろうなと思う。

徹夜で話をしながら、こうしたことができるのもあと何年もないだろう、という気持ちになる。毎日働いて、たまに酒を飲んで憂さ晴らしをして、しばらくしたら結婚して、子供を持って育てて——という人生を、高校の多くの友人が歩むのだろう(自分にはできる気がしない)。それが本当にできるのなら恵まれているのだろうがそれでも、そんなことのために生まれてきて、死んでいくばかりの人生なのか、と思わずにはいられない。

すべて失われるのだとしたら、いま馬鹿みたいな話をして笑い合うことになんの意味があるのだろうか。遠くないうちに失われるのに、どうしてそんなことをするのだろうか。まったくわからない。僕も死んでいくし、彼らもやがて死んでいく。彼らの人格や言葉は失われる。ではなんのためにそれらが存在するのだろうか?

この文章を書いているコンピュータの画面上に、キャレットが明滅している。人の一生もこのようなものだろう。一瞬のうちに生まれては消え、生まれては消えの繰り返し。それが安心ということなのかもしれない。

近況(2022-08-24)

夏が終わりかけている。数日前のことだったと思うが、空は晴れてはいたが蒸し暑さがなく、まるで梅雨に入る前に何日かやってくる暑い日のようにからっとしていた。それから数日、決してからっとしているとは限らないが、明らかに暑さが和らいでいる。

これくらいの時期、夜の散歩はとても素晴らしい。暑くも寒くもなく、ときどき吹く風は涼やかで、どこまでも歩いて行けるような気持ちになる。なるものの、実際にそうはしない。それどころか、ここ最近新宿区内から出ることは極めて少ない。

家でじっとしていることが苦手なので、大抵どこかしらには外出していると思うが、平日は会社と自宅とせいぜい外食、休日はそれに喫茶店か図書館が加わるくらいだろうか。会社も新宿区内だし、ご飯屋など会社か自宅の周囲にいくらでもある。友人と遊ぶのも、何人かの友人が飯田橋(の新宿方面)にシェアハウスをしているせいで、そこに向かうことが多い。

実家に住んでいた頃は、そうではなかった。家の周りは、東京西郊に途方もなく広がっている住宅街の一角で、まともな喫茶店のひとつも駅前まで出なければなかった。喫茶店で本を読もうと思って国分寺の駅前まで、あるいは新宿まで出ているような始末だった。出不精になったわけではないが、行動範囲がずっとコンパクトに、せいぜい自転車で行き来できるような範囲になったとは言える。


会社勤めになっても、相変わらず夜中の散歩をやめられない。睡眠薬を服薬していても、ふとしたことで生活リズムが崩れ、どこかで無理をして帳尻を合わせている。そんなことは絶対に長続きしない。そろそろそれをやめなければならない。眠ろうとしても眠れない日も実際あるのだが、それよりもなによりも、夜が好きなせいでまだ寝たくないと思ってしまうことが生活リズムを崩す主因である。

夜は自由だ。いまは本を読んでいる/映画を見ている/散歩をしている/誰かと電話している。その甘美な時間をやめて、眠って朝が来たらまたつまらない仕事がやってくるだけだ。仕事は絶望するほどつまらないわけではない——もっとも近いのは「耐えられる」という感じだが、散歩や読書に比べてしまえば楽しくない。そもそも俺が一番耐えられないことは、毎日決まった時間に何かをせよと課せられることなのだ。

しかしそれに耐えなければならないだろう。俺は客観的に、恵まれている境遇にあるのは間違いない。その素晴らしい読書に必要な本をつくることに関わっているのだから(必ずしも、自分が読んでいて面白いと思うような本をつくっているわけでもないが)。俺はそれに必要な考え方や技術をぜひとも身につける必要がある。だがそのような決意はまったく意味をなさない。なにかしらの仕組みを講じることによって問題を解決しなければならない。意志が意志そのもので可能にすることなどほとんどない、とりわけ注意欠陥・多動性障害の人間にとっては。


最近周囲で結婚の話が出ることが多い。誰それが結婚するとか、あるいは次に付き合う人とはそれを考えなければならないとか、いろいろな形で。結婚なんか興味がないけど、どこかしらで落ち着きどころを見つけなければならないのかもしれない。しかし結婚しても夜な夜な散歩をしていてもいいのだろうか。誰にも邪魔をされずに本を読めるだろうか。そんなことを考えている時点で他人と生活を共にすることには向いていないのではないか。自分ひとりの生活がままなるわけでもないのに。まだそんなこと考えたくないのだが、考えなくてはならない状況に置かれつつあることが怖い。俺はまだ学ばないといけないことがたくさんある。


最近読んだ本から二つ。

朝日新聞の記者が市井の人に対して行った度重なる取材。「まじめに働けばまともな報酬を得られる社会はどこへ行ってしまったのか」という、上と下へと分化しつつある中流階級の叫び。日本でも状況は同じかもっと悪いだろう。『2』に掲載されているバーバラ・エーレンライクの言葉は自分の問題意識と共通している。

消費行動にも変化が起きた。乗っている車、食べるものの選択、着ている服は天然繊維か化学繊維か、タバコを吸うか吸わないか、そんな違いから、二つの階級の人々が一緒に時間を過ごすことが困難になった。かつて冗談で言っていたのですが、私は労働者階級のパーティーに参加できる最後の左派である、と。私は、酒を飲む人がいても気にならないし、タバコの煙も気にならない。でも私と同じような収入レベルの人々は、そうした暮らしについて極度に道徳的になっている。「え?! そんな肉を食べるんですか?」「タバコを吸うんですか?」といった態度で、そんな人々とは付き合えない、と。

最近聞いた音楽。

My Little Airportは香港では有名なインディー・ポップ・バンド。歌詞はおおむね広東語だったり英語だったりする。特に前者は、もちろん自分には意味が取れないのだが、それが聞き流すにはちょうどよい。歌詞でどんなことを描いているかはnoteで詳細な解説を寄せている人がいる。

ほんとうのこと

以下の文章は昨年(2021年)の秋口に、友人たちと行っているクローズドな交換日記に寄せたものだが、久しぶりに読み返してみると、乱暴ながら悪くないと思えたので、一部の表現を現状に即して改めた上で公開する。


ほんとうのことはどこにあるんだろう?

ペダンチックでインテリ好みのあの劇団はパワハラが横行している。しゃれた空間で進歩的な映画を上映してくれるミニシアターの経営者はサイコパスだ。Twitterフェミニズムの精神をとうとうとつぶやくあのアカウントは今日も、その映画館で上映されたアジアのどっかで作られた映画の半券をツイートしている。普段は威勢良く政権の人権軽視を批判しているあの劇作家は身内の不祥事にはだんまりだ。

こんなのは戯画化した見方だとわかっている。劇作家のあいだでもハラスメントは絶対に許さないと改めて意思表示はあっただろう。二度とその劇団の公演を見ず、また当該の映画館に行かなければそれで誠実というわけでもないだろう。

でもこういうことが起こるとうんざりする。その程度の覚悟なら最初から何も言わない方がまだマシなんじゃないの、と思ってしまう。そんなに自分が正しいだけの人間じゃないなら、その正しくなさも含めて、ちゃんと言ってくれよ。それがほんとうのことじゃないか。


両親をラベリングしようとすれば、「マイルドヤンキー」「B層」みたいなレッテルを貼れると思う。実家には、俺の部屋にあるものを除いては、書籍は芸能人(たとえば菜々緒とか)の写真集しかなかった。父は車で湘南乃風の「純恋歌」を流しながら「やっぱこういうのがいいと思うんだよね」と言っていた。母はシャネルのロゴを額縁に入れてリビングに飾っている。マジで趣味が合わん。

そういう家で生まれながら、Spotifyの「2021年まとめ」を見るとトップアーティストが「フィッシュマンズ」な俺が育った。投票なんか一度も行ったことのない両親から政治学科に進学してしまう俺が育った。

俺は親のセンスや生き方が恥ずかしいものだとまったく思っていない(うけるな、とは思っているけど)。いや、特に高校に入って以降、周りの生徒のご両親と話すとなんて文化的なんだ、なんて知性的なんだ、と思わされて引け目を感じるようなこともあったけど、でもそれはある一面からの引け目で、良い大学を出て空調の効いた職場でホワイトカラーの仕事をし、健康で文化的な生活を送っている人たちより、大学どころか高校も怪しいけど、穴掘って水道管を工事したり夜の仕事をしたりしてでも子どもを曲がりなりにも三人育てて、とりあえず一人は大学までやっているうちの親の方が立派じゃないか、と思うときもある。だって父親が体を使って水道管をつながない限り水も飲めないしトイレも流れないんだぜ。

理知的で、穏やかで、政治に誇りを持って参加している、善良な人々の言葉はしかし、俺の親には届かない。Twitterで延々とディベートをしている人たちの視野に、水道管をつなげている人は入っていますか? そこで理想論を語っていれば、中卒のキャバ嬢にも内面化されると思いますか? その素晴らしい、論理的な言説は、でも、絶対に俺の親には届かないし、そして彼らの考え方を変えることもないんだよ。そんな言葉のどこがほんとうなんだよ。


両親は、特に父は、俺に勉強をしろとたくさん言って、そしてお金をたくさん使ってきた。なぜ勉強をさせたかというと、良い大学を出て、良い会社に入ってほしかったからだ。そうして、自分たちのような世界とは縁の無い生活を送ってほしかったからだ。炎天下に空調服を着て工具をいじる必要もなく、くだらないおっさんの話を適当に受け流しつつ酒を注文させる必要のない生活を。俺の生物学上の父親がわりと賢かったこともあって、そしてやはり教育に投資を惜しまなかったので、それは一旦(「良い大学に入る」くらいまでは)成功した。その結果見えた世界は、マイルドヤンキーのことなんか意にも介さない人たちが耳障りの良いことを言っている。大卒しか取らないで肌の色が違うだの宗教が違うだので多様性とか誇らしげに言っているんだから呆れる。そうしないよりずっとマシかもしれないけれど、その多様性はずいぶん狭いんですね、と思わざるを得ない。

全然、何も信じられない。きれいごとを言う「リベラル」も、きれいごとすら言えない「リアリスト」も。そのどちらかだったら前者の方がマシだと思っているから、自分はそういう政治的な態度を概ね取っているけど、でもここはひどい世界だよ。ほんとうのことはどこにあるんだよ。


みすず書房人文書院をありがたがって、書店の目立つところに平積みになっているビジネス書を馬鹿にするような感覚は、間違っていると思いつつたしかに自分にもある。『花束みたいな恋をした』で菅田将暉が『メモの魔力』を手に取ったシーンは哀れだったよ。でもうちの親なんかビジネス書すら読まないんだよ。池上彰中田敦彦の「わかりやすい」解説はたしかに罪深いね。でもそれがなかったらなにひとつわからない、という人がいるんだよ。それがあるおかげで「なんか中東でよく揉めてるのは、イギリスがもともとの原因らしい」くらいの認識が持てるんだよ。紋切り型の単純化された認識をするくらいなら何もわからなくてもいい?

母が、唐突に「宇宙ってめちゃくちゃすごいんだよ」と言ってきたことがあった。なんでも、あるモデルのポッドキャストを寝る前に聞いていたら、たまたま国立天文台の縣先生がゲストで、宇宙の話がテーマだったらしい。俺はそれを聞いていないから判らないけど、たぶん科学的な正確性、厳密性を多少犠牲にした、「わかりやすい」話だったんだと思う。母はそれまで宇宙のことなんか何にも興味がなかったのに、それを聞いていたら「宇宙、すご!」となったらしい。

それってとてもいいことじゃないだろうか。人が人として生きる喜びのひとつじゃないだろうか。アカデミアの用語で言えば「アウトリーチ」そのものではないか。池上彰中田敦彦を否定する人は、母に宇宙のすごさを、父親にどうして中東で戦争が絶えないのかを、両親が理解できる言葉で、彼らの代わりに教えてくれるのだろうか。そうじゃないなら、象牙の塔に引きこもって、学問の必要性が理解されない、とか、ポスドクの待遇がどうたらとか、いつまでも愚痴っていればいいと思う。「わかる人にだけわかればいい」という態度では、本当にわかる人にしかわからないのだから、理解されないのは当たり前じゃないだろうか。

もちろん、アウトリーチは重要だと認識していて、それでも池上彰中田敦彦)のあの解説は、いくらわかりやすさのためでもこうこうこういう理由でいただけない、というまっとうな批判も多いのだとは思うけど、「わかりやすさのための単純化」すべてが批判されているように思われるときがある。簡単にわかるようなもんじゃないんだよ? そうかもしれませんね。でも人間、わからないもの、目に入りすらしないものの必要性はなかなか認められませんよ。


俺は見たことないけど、かつて日本の「中流階級」の家庭には、開きもしない百科事典や世界文学全集が書棚に飾られていたという。

かつて教養がありがたいもの、尊ばれるものとして世間に流通できていたのは、戦前の知性がついに太平洋戦争を止めることができなかった、という反省のもとに、それを必死に大衆の手に届けようとした、戦後民主主義的な価値観と、それに基づく行動によるのではないだろうか。

それがいま異なる様相を呈しているのは、「一億総中流」を幻想としてすら信じられないほど、経済的に豊かでなくなってきたことも大きいのだろうけども、大衆が国の経済を支えて生み出した「余暇」の恩恵に与っておきながら、口では法の下の平等を謳いつつ、実際には大衆のことを蔑視し、または蔑視すらなくて単に省みず、自分が内面化した規範と異なる主張をする政治家が人気を博せば「ポピュリスト」などと呼んで憚らないインテリが招いた事態なのではないか、と感じてしまう。

いまの日本の「知性」は、戦争を止めることができるのだろうか? もし日本が「戦争のできる国」になることを、国民が止めることができるなら、それは現在の知性による主張が広く納得されるからではなく、戦後民主主義の価値観の残滓がなせる業じゃないだろうか。


ほんとうのことはどこにあるんだろう?

少なくとも、Twitterの亜インテリが空調の効いた部屋から送る賢しらなツイートにはない。

父親が水道管をつなげて得た金でローンを返済しているヴェルファイアのなかで純恋歌が良いと言ったこと、母親が子どもを寝かしつけた後にひとりポッドキャストを聞いて宇宙がすごいと思ったこと、そういうことがほんとうじゃないか。

小池百合子の当選をかまびすしく非難する「リベラル」の届かない言葉より、実際に投票所に足を運んで小池百合子の名前を多くの人に書かせた力がほんとうじゃないか。

それらの「ほんとう」が受け入れがたいと思うなら、そう思う人も同じくらい「ほんとう」にならなきゃだめじゃないだろうか。Twitterで愚痴を言うことはほんとうじゃない。俺は両親が投票に行こうと思えるように話をしなきゃいけない。どうして俺が投票に行った方がいいと思うのかちゃんと伝えないといけない。池上彰の解説でどこが微妙なのか、わかるように話せないといけない。維新に投票した人たちは馬鹿だ、吉村はポピュリストだとレッテルを貼って処理するのではなく、なぜ投票したのか声を聞かなきゃいけない。理想を以て他人を批判するなら、「仲間」であってもその理想に反することをしたときには、それをきちんと批判しなければいけない。

「ほんとう」は、「正しい」ではない。どのような思想にも、それなりの正しさはあるだろう。自分が正しいと思っていることを、地位や見栄とは関係なく言うこと、そして実際にそれを実現するための、現実の行為だけが、ほんとうのことなのではないかと思っている。

近況(2022-07-13)

これを読む人のほとんどは、わざわざ近況を文章に認めなくても、自分がいまどういう状況にあるのか知っていると思うけれども、文章のリハビリとして書く。

就職して三月弱が経つ。なぜかわからないが、めっきり文章が書けなくなった。質はともかくとして、以前は書こうと思えばいくらでも書けたのだが、ちかごろはうまく文章がまとまらない。でも一番書けなかったのは先月くらいで、最近少し復調してきたかなと思う。だからこれを書いている。

職場では校閲に配属された。勤め先は、書籍の編集者になる場合、そのまえに校閲で修行をするしきたりになっている。期間はばらばらで、たとえば他社で編集の経験を積んでいる中途の人だったら一ヶ月のこともある。自分のように新卒で入ったとか、あるいは関係ない業種出身の場合は数カ月。とりあえず次の三月いっぱいまでは校閲をすることになる予定。

わりとTwitterなどでは何もかも気だるいみたいな、斜に構えた素振りを見せているのだが、実のところ仕事熱心なほうだと自覚している。もちろん遅刻するとか就業時間中に眠ってしまうとかそんなことは当たり前にあって、普通そういう人のことは仕事熱心とは呼ばないのだと思うが、それはそれとして仕事に対して決して後ろ向きではない。ものにもよるけれど。

そもそもそんなに斜に構えてもいなくて、高校は勉強も部活も学校行事もみんなで熱心にやりましょうみたいな校風だったし、大学でも学園祭の運営をやっていたくらいで、どちらも斜に構えた人間が選ぶような場所ではないと思う。そのなかでは斜に構えた方だったには違いないが。

などと書きつつも、相変わらず就職してもうまく生活リズムをつくることができない。在宅勤務をしていて昼間眠っていた分を夜更けに取り返したりしている。思えばこれまでもずっとそうで、気が重いとかあるいは体調が悪いとかでできなかったことを調子の良いときに巻き取って辻褄を合わせる(合わせられないこともある)、という手法にばかり頼ってきていた。

辻褄が合わないと大変だし、合わせられたとしても徹夜でカバーしていたせいで昼間また眠いみたいな悪循環に陥りがちで、そのやり方に限界があるということはとうに認識しているものの、なかなか毎日一定のペースでみたいなことができない。最終的に気合いでなんとかするから今日は寝かせてくれと思う。

会社に行くとさすがに眠ることもなく、仕事もある程度集中して——とはいえ一時間半に一回は煙草を吸いに席を外しているが——できるのだが、よく知らぬ人間が大量にいるというだけで気が張って疲れるので、毎日会社に行くとほかのことがなにもできなくなる。掃除とか。配属されてから二週間くらい毎日出社していたのだが、それはもう見事に仕事しかできなかった。疫病以前は勤め先も当然、みな毎日出社していたらしいが、それでは耐えられなかったかもしれない。

いまは原則として在宅勤務が推奨されており、ただ出社が拒まれているわけではなく、自分は新人なので(そしてどうしても印刷された物体と離れることができない職種なので)、週に二回は出社を求められている。そこにプラス一回くらいがちょうどいいバランスなのかもしれない。

そんなことを考える一方で、おれは一体何をやっているんだろう? という気持ちにもなる。たとえば業務に関連する本を自腹で購入して勉強することも厭うほうではないが、それって資本主義にとって、と云って大きすぎれば、会社にとってより重要な歯車になるべく努力しているようなもので、結局歯車には変わりなく、そんなことのために生まれてきたのか、と感じる場合もある。

とはいえ、自分に大したことができないのであれば、資本主義にある程度適合し、自分の生活が(労働者としては)良いものになれば、まずはそれで十分じゃないかとも思うのだが、その考え方自体が実に資本家にとって都合の良い考え方であるに違いなく、なおさら厭気が差す。


先日高校のクラス会があり、随分と懐かしい顔も見えて、久闊を叙する形になったのだが、そこであるクラスメートに「いま働いてるんだっけ?」と尋ねたら「そう信金で」と答えた。

ああそうなんだ、と返したら彼女は、「私仕事に対しては何も求めてないからさ。生活の手段っていうか。仕事は仕事で、自分のやりたいことは他のところでやろうって」と矢継ぎ早に述べた。

別に何も云っていないのに……と思いつつ、その言葉がとても印象に残った。「そういう考え方もありだよね」みたいなぼんやりした言葉を返した覚えがあるが、実のところ自分はそういう考え方はできない。ふつうの職場なら週に五日、八時間程度も時間を使うというのに好きでもなんでもないことをして割り切れはしない。彼女にはそれが割り切れるのだろうし、そして自分のやりたいことを空いた時間にやる要領の良さも実際にあると思うので、そういう点で尊敬はしているけれど。

また一方で、クラスメートにバイク好きが高じていまはヤマハ発動機だかでエンジンの設計をしているという人もあり、そちらは素直にかっこよく、羨ましいと思った。そういうことを考えると、自分にとっては仕事が好きであるに越したことはなく、またできるようになればより好きでいられると思うので、仮に資本家にとって好都合であるにしても、自分にとっても(幻想かもしれないが)好都合なのでやはり頑張ろうと思ってしまうのがまた、難しいところなのだが。でも、別にそんなに頑張ってないから大丈夫だった。

ゆっくりと死んでいく

このまえも書いたことだが、会社でやることがなく暇なので、最近はいくらか余裕が出てきている。本を読み、文章を書けるようになった。いつでも、その渦中にあるときはそれについての文章は書けない、と思う。そこから抜け出すために書くことはできるかもしれないけれど。

余裕というか、退屈しているのかもしれない。新しい環境に放り込まれて、まったく付き合ったことのない人と話し、いろいろなしきたりを覚えなければならない状況から少し解放された。そういう状況は疲れるけれど、充実しているといえば充実している。

だからいまの生活が楽しくないわけではないが、一方で最近はずっと、ゆっくりと死んでいくような感覚がある。それはたぶん、経済の状況がいよいよ悪化しつつあることが一番大きな原因だと思う。ここ二十年ほど日本の経済はずっと停滞し続けてきたが、それが本当に目に見えるようになってきたように感じられる。そしてそれを打開できそうな要素はなにひとつ思い浮かばない。

給与明細を見れば社会保険料が、喫茶店でコーヒーを六〇杯飲めるくらい引かれていておののく。中堅出版社の初任給なんて高が知れているのに。セブンイレブンで弁当を買おうとしたら、軒並み五、六百円で、以前からこんな価格帯だっただろうか。そんな値段で買ってもコンビニの弁当なんて虚しい食事だ。煙草をすぱすぱと吸っているくらいだから、それが払えないわけじゃないけれど、すべてがそのような調子で値上がりしていて、一方で給料はそのようには上がってはいかない。そういうことのひとつひとつに疲弊させられる。

高校や大学時代の友人たちもおおむね、そんなに余裕があるようには見えない。もちろん、もらっている人はもらっているが、その分長時間働いているだけということが多い気がする。あるいは、特殊な専門性を要求される職業に就いているか。そんな人は一握りで、それなりの大学から立派な会社に入った人たちがこうした生活水準ならば、そうでない人はどのように暮らしているというのだろうか。もっとも富の集まる都市に暮らしていてこれなら、そうでない土地はどうなっているのか。ふつうの人がふつうに暮らし、ふつうに結婚し、ふつうに子供を産み育てられる社会——我々がそのようにして産み育てられた社会——はどこへ行ってしまったのだろうか。

そんなに余裕がなくても、いまは楽しく暮らすことはできる。図書館で本を借り、コンビニでコーヒーを買い、公園に行ってベンチで読んだりすればいい。帰りには銭湯でも行けばよい。それで十分楽しい休日だろうと思うが、それはかつての豊かさの残滓を利用しているだけで、このような世情が続いてなお、図書館や公園といったインフラを維持し続けられるとは思えない。屋外のベンチで読書なんてしていられるほど暢気な社会であり続けられるとも限らない。

このように書き記してみても、経済を上向かせる方策など思いつきもせず、またそれを実行することもできない。誰にもできないのではないか。国の富全体が縮小していくなかで、自分がいまより豊かな暮らしをしようとすれば、誰かの富を奪うことしかできない。本来は富が拡大していくはずなのにそうでないから。そしてまた、自分の生活がさらに豊かになるために必要な最低限の基盤、それなりの治安や安定した物価、安全なインフラ、そうしたものすらもう危うい。そんな社会は疲れる。疲れて、ゆっくりと死んでいく。

繁栄のこの夜を熱き涙もて思い出す日の来たるかならず(林和清)

実録・市ヶ谷の釣り堀

総武線市ヶ谷駅のホームから、釣り堀が見える。外濠の一角を区切った形の釣り堀だ。東京にいくらか住んだ人はみな認知していて、気になっていると思う。私もそうだった。

会社で、人事の人と新卒の同期と雑談しているとき、その釣り堀の話になった。知っていて、気になるけど行ったことのない場所として。いま、私は四月に入社した会社において、配属志望を表明してから、実際に配属が発表されるまでの、謎のモラトリアムとなっている。私だけでなく同期は今みなやることがない。

そういうわけで、人事の人を含め、懇親がてら(というほど立派でもなく、もはやただの暇つぶしとして)市ヶ谷の釣り堀に行く運びになった。こんな呑気な会社でいいのか、とは思う。もちろん、ほかの社内の人には公言できない。「配属されたら大変だから、まあ今のうちに」と人事は言っていた。

いろいろこなして、みなで市ヶ谷に揃ったのは午後4時くらいだっただろうか。もちろん勤務時間中である。鯉釣りは1時間で1000円。簡単な竿と餌がもらえる。

私は釣りをまったくやったことがなかったので、一応釣り堀にきたことがあるという同期・Nくんに教えを請いながら釣った。なかなか引っかからないがこんなものか、と思いつつ、走っていく電車が外濠の水面に映るのを眺める。

同期のYさんが早速釣り上げて、その人はとても真面目で器用なのだが、何をやらせても上手らしい。他の人はわりと苦戦していた。

そんなところに、釣り堀の主のような中年男性がやってきて、お兄さん方苦戦してるね、などと話しかけてきた。「餌が固すぎるんだよ」

「餌が固い。ウキがピクピクしているでしょう。これは魚が餌に反応はしているということ。餌をまわりで突っついてる。でも、固くて食べられないって魚は言ってるんだよ」

そう言うと主は、やおら手を釣り堀の水につけて、餌をこねくり回した。もともと配られた餌は非常にぽろぽろとして、力を入れて固めないと水中で釣り針からこぼれ落ちてしまう。

そこを、水気を含ませて練るようにすることで、魚が食べられる柔らかさと、形を保持する粘性をつける方針らしい。人事の社員の餌皿を使って、主は瞬く間に餌を形成していく。

そして竿を人事に持たせて、ウキの位置や竿を引き上げるタイミングを指導する。そうすると瞬く間に釣れる。すごい。

同期のNくんにも同じことをする。彼の場合はすぐには引っかからず、餌を持って行かれてしまう。しかしそれでいいのだと言う。「魚に、ここに柔らかい餌が落ちてくるぞ、ということを覚え込ませれば、またそこに集まってくるから大丈夫」らしい。やがてNくんも大物を釣り上げた。

私もそれを見て、手を思い切り釣り堀に入れて餌を混ぜ合わせると、「水を入れる必要はない。手に水をつけるだけ」との指導をいただいた。少し水気を含みすぎてしまった私の餌を、主は自分の餌と混ぜ合わせ、良い塩梅になったそれを私の皿に戻してくれた。この柔らかさを覚えておけばどこの釣り堀でも釣れるよ、と言う。

そして餌の付け方。餌を固める、そしてその塊の真ん中に針がくるように刺す。涙型になるように形を整える。そして静かに水中に垂らす。竿は、テンションがかからないようできるだけ低く持つ。魚はそのテンションに違和感を感じて食いついてこないそうだ。

「釣り堀なんてこれだけの話。釣る時間が20秒30秒短くなるかもしれないけど、この手間(餌を練る手間)を惜しまなければもう嫌になるほど釣れる」「飴玉とマシュマロ。どちらが食べるのに時間かかりますか。マシュマロを入れたら魚はすぐに食いついてくる。飴玉だと溶けるのを待ってこぼれ落ちるのを食べる戦略になる」「釣りなんて小学校の算数より簡単。小学校で足し算引き算掛け算割り算とかいろいろ覚えなきゃいけない。でも釣りはこれ(餌の練り方)だけ」「これだけのことをあなたできませんか、って話」主は次々と箴言を残していく。

私は、餌は良くなったのだろうがうまく竿を引き上げるタイミングが掴めない。ウキがぴくっとなったところに思い切り竿を引き上げれば良いのだが、「遅い」と何度か言われる。「でも魚の反応が来てるということは大丈夫。じきに釣れる」と励まされる。

今だ、と思って引き上げる。かかった気がするが、竿を持って行かれそうになって思わず立ち上がると、魚が離れてしまった。「座った状態から立ち上がるとき、人間は一瞬竿を緩ませる。そこで魚が逃げていってしまう。だから立つなら立つ、座るなら座るでやったほうがいいよ」

私がこのようなアドバイスを受けている間にも、指導なしでも釣り上げていたYさんなど、もはやひっきりなしに釣果を挙げる。私も一匹くらいは釣りたい。

気づけば主は釣り堀の反対側に陣取った自分のポジションに戻っていた。引き際の良い。普通、中年男性にやり方をアドバイスされるなんて、気持ちの良い体験にならないことも多いが、今回の主は軽妙な語り口と確かな技術だったのでそこまで不快さがなかった。若い女性に話しかけようという下心もなさそうで、より多くの人に釣りを楽しんでもらうための伝道師という感じがした。

私は餌を固めるのだけがどんどん素早くなって、それがうまいこと魚に(針にかからずに)餌だけ取られてしまうので、気づけば残り少なくなってしまった。同僚のKさんは釣り針を取られたと言ってギブアップ。後から聞けば、生きた魚が苦手なので、針がなくなったとき安心したらしい。もはや、引が切らないYさんと私だけが釣りを真剣にしている。

餌が残り2回分くらいかな、というところでウキに明確な反応があった。かかった。Mさん(私の名前)、ここで決めてください、と人事の上司が言う。私は思い切り竿を引き上げる。釣れた。嬉しい。主に向かって、釣れましたよ、と顔を向けると主は自分の釣りに夢中だった。

私は満足して、灰皿の近くで一服する。Yさんは、ほかのひとの余った餌を使ってまだ格闘を続けている。私が一本吸い終わろうとしたら、Yさんがちょうどもう一匹釣りあげて、終了となった。

ここまで充実したコンテンツが1時間で1000円。平日の真っ昼間から往来する電車やホームの背広たちを眺めつつする釣りは格別で、ぜひまた来ようと思った。

主は、釣り堀のなかにいる鯉にも詳しく、あちらのエリアには昔7kgのボスがいたとかいう。私も釣りの経験を積み、仕事の昼休みだけ釣りを楽しむような、呑気な常連になりたい。ちなみに主は、冒頭の写真に写っている巨漢である。いったい、何で暮らしているのかわからない。

ボヘーム・シガー・モヒート

近所のコンビニに行ったらボヘーム・シガー・モヒートが置いてあった。煙草屋にもあまり置いていない銘柄なのに。懐かしく思って買った。

大学二、三年のとき、キャンパスの近くに住んでいる友人の家を何人かで溜まり場としていた。家主のほかに四人よく来ていて、よくその五人でひたすら無為な時間を過ごしていた。

そのうち四人が喫煙者で、みなおおむねJTのトラディショナルな銘柄を吸っていたが、ときどき夏目坂の煙草屋で物珍しい煙草を買ってきてはみんなで廻しのみしていた。

なかでも仕入れ頻度が高かったのがボヘーム・シガー・モヒートだった。KT&Gという韓国のメーカーがつくっている銘柄で、日本で言うとメビウス・オプション・パープルのような味付きのメンソール煙草なのだが、それと違ってメンソールがきつくなくて美味しい。

それを買ったあと、大学の後輩と落ち合って、それは単に不要になった本を渡す約束だったのだが、向こうからも誕生日プレゼントとして穂村弘の『シンジケート』(サイン付き)をくれた。

後輩と別れた後、買った煙草を吸いながらそれを読んでいると、いつまで「これ」なんだろうという感覚が襲ってきて恐ろしかった。いま二十四だが、二十歳のときも穂村弘を読んでボヘーム・シガー・モヒートを吸っていた。そして部屋ではフィッシュマンズがかかっている。音楽の趣味も変わっていない。

年齢にふさわしいとかふさわしくないとか、馬鹿らしいと思っているものの、三十になっても「これ」だったらどうだろうか。結構厳しい、と思ってしまう自分がいる。でもたぶん三十になっても「これ」なんだろうな。下手に社会に迎合するくらいなら、宮仕えで多少揉まれてもなお「これ」であってほしい、という気持ちもあるけれど。五十でも「これ」だったらもはやかっこいいと思う。